日本マイクロソフト ワークプレイス・リニューアル プロジェクト【後編】
グローバル時代を生き残るために
日本で働く人々は何を変えるべきなのか

日本マイクロソフト × 日建設計コンストラクション・マネジメント

(右)山本 泉(日本マイクロソフト株式会社 リアルエステートアンドセキュリティ リージョナルリード MCR)
(左)佐々木 康貴(NCM マネジメント グループ チーフ・マネジャー)
(央)張 若平(NCM マネジメント グループ コンサルタント)

日建設計コンストラクション・マネジメント(NCM)には、国内企業の海外進出支援や外資系企業による国内開発支援を行う、国際プロジェクトを主に手がけるチームがあります。日本マイクロソフト社との仕事はそのひとつ。品川にある本社ワークプレイス・リニューアルのプロジェクトマネジメント(PM)業務を、NCMが受託しています。
このプロジェクトチームの責任者である日本マイクロソフトの山本泉氏を、NCMの佐々木康貴・張 若平が訪ねてお話をお聞きする今回の座談会企画。前編では、いち早く「働き方改革」を推進してきた同社の経験をお聞きしながら、これからの日本の「働き方改革」へのヒントを探しました。
後編では、グローバル企業が現在の日本で仕事をする際に感じる不便さ、常識の違いの背後にある日本ならではの働き方、それを下支えする日本固有の思想を明らかにし、今後の日本における「働き方改革」の先に目指すべき方向について考えます。

グローバルスタンダードとのギャップを埋める

建設プロジェクトにおける、日本のスタンダードとグローバルスタンダードのもっとも大きな違いはどこにあるのでしょうか?

日本マイクロソフト・山本 泉(以下山本)
日本の企業は、根底に「利益を得るのは申し訳ないこと」というような意識があるように感じますね。外資系企業、特に我々のようなアメリカ企業は非常にドライな考え方をします。商売をする以上はこの利益を得ることを目標としますが、それは相手の利益を認めないということでは全くない。何によって利益を得るのか、支払が発生する場合は何に対する対価なのかクリアにならないと、交渉の俎上に乗せることは難しいですね。

NCM・佐々木 康貴(以下佐々木)
外資系企業が日本でローカライズのプロジェクトを成功させるためには、クライアントの当たり前と国内の当たり前、双方の歩み寄りがとても重要だと感じます。常にクライアントから学びつつ、同時にローカルの事情をわかりやすく丁寧に伝えていくことも、私たちCMrの重要な役割のひとつと考えます。

グローバル化の遅れが競争力の低下につながっていないか

これまでのお話では、さまざまな局面で、グローバルスタンダードと日本のスタンダードに大きな開きがあることが話題に上がりました。皆さんは日本の現況をどのようにとらえていますか?

山本
世界から見ると、経済規模はともかく、日本という国の相対的な地位低下は無視できないレベルだと感じます。国内ばかりにいると、そういうことに気づくチャンスは少ないですね。そういった意味では、外に目を向けることで自分の立ち位置を把握できるし、失うべきでない日本の良さも認識できます。向かうべき先もおのずと見えてくるはずだと思っています。

佐々木
日本には1億人以上の人がいて、経済活動の規模も小さくは無いし、インフラも整っています。にもかかわらず、グローバル企業がアジア進出の足がかりを探すときに、日本を除いて検討を始めてしまう。それは双方にとってとてももったいないことだなと私も感じています。日本には魅力も価値もあるのに、「スタンダードのギャップ」から生まれる軋轢が、グローバル企業が進出する際の障壁になっているのかもしれないなと。

NCM・張 若平(以下張)
日本には魅力がまだまだありますから。現在日本中で進んでいる働き方改革がひとつのきっかけになって、何かが変わるといいと感じます。さすがに、9時から17時までデスクで頑張っていればいいという状況ではなくなってしまいましたし。

外部とのパートナーシップへ振り切ってシステムを整える

佐々木
日本マイクロソフト社は制度面でも改革が進んでいますよね。勤務時間管理は自己申告制とききましたが?

山本
完全にそうですね。ログのトラッキングなどはやろうと思えばもちろんできますが、個々人のプライバシーを重視しますのでアクセス権限は上司も含めて一切ありません。また、以前からフレックスタイムや在宅勤務を制度として導入していましたが、数年前の時点で、それが当たり前で特殊なものではなくなっていますので、どちらも廃止しています。


完全にリモートワークが実現でき、かつ自分のペースで働けることは、女性にとっても非常に働きやすい環境だと感じます。御社ではさまざまな個人の事情によって、一度キャリアを中断・離職している女性のキャリア再開・職場復帰をサポートする「リターンシッププログラム」を採用していることも知りました。

山本
多くの外資系企業にも言えることでしょうが、出たり入ったりする人はある程度の数います。ほかでキャリアアップして戻られる方もいる。女性管理職は、日本マイクロソフトはまだまだ少ない方ですが、現在の本社CFOは女性です。女性の離職率も、ものすごく下がっていますね。ダイバーシティ&インクルージョンの視点でいえば、障がいのある方でもスムースに使えるオフィスづくりなどもこれからさらに本格化します。グローバルの各社で統一すべきスタンダードやそれに伴うガイドラインがどんどんアップデートされていくんです。

Microsoftレドモンドキャンパスより。デジタル機器を持たずに入るNo-Tech Room。Microsoft社HPより

レドモンドキャンパスにはさまざまなワークプレイスが用意されている。吹き抜けが気持ちいい廊下にもデスクが配置され、カジュアルに立ち寄って打ち合わせなどができる。Microsoft社HPより

レドモンドキャンパス「Building 16」のロビーに設置されたデジタルアート。キューブ部分が時間によって緑〜ピンク〜ブルーと色を変える。Microsoft社HPより

佐々木
今回のプロジェクトに関わるなかで、マイクロソフトのグローバル全社で共有されるガイドラインをいくつか拝見していますが、非常に視野が広く意識が高い。かつ、今回の新型コロナウイルス感染拡大にあたっての対応についての社内ルールなども拝見しましたが、対応がスピーディーなことに驚かされています。
それからもうひとつ、御社の外部とのパートナーシップに対する考え方についてもお伺いしたいです。というのも、我々は今このオフィス整備のプロジェクトチームとして働くにあたって、メールアドレスも入館証も発行していていただいています。いろんな側面で、社内外の垣根を全く感じない環境は、イノベーションが起きやすいのだろうなと感じます。積極的に外部の力を取り入れていくことに本当に慣れていらっしゃるし、そのために必要なシステムや段階的なセキュリティも整っていますよね。

山本
全てのリソースを内製化するか、あるいは積極的にアウトソースを行うかは、外資系企業でも判断が分かれるところでしょう。マイクロソフトは完全に後者に振り切っていますね。社員の数は極端に少ない。私の部門は従業員3,000名ほどに対して日本では私しか社員はいませんので、外部に頼るのが唯一の選択肢なんです。さらにPCなどのツールは、たとえば自宅からであっても会社のネットワークにアクセスすれば、完全に会社の環境が入った状態で立ち上がる。アクセスできる情報、できない情報なども、どこでツールを立ち上げても全く同じです。使う方はどういう状況でアクセスしているかといったことを考える必要がなく、シームレスに使うことができます。

従業員へのホスピタリティを持つことで会社は変わる


今回、御社とのプロジェクトを担当し、コミュニケーションするなかで気づいたのですが、日本マイクロソフト社ではビジターはもちろん、従業員のこともよく“エンドユーザー”と呼び、ある種、お客様のように大切に扱っていますよね。従業員へのホスピタリティの意識があるからこそ、今回のようなワークプレイスの改善の大プロジェクトを積極的に推進・投資していたり、働きやすい環境のための組織構造や制度が確立されていたりするのではないかと感じるのです。

山本
ホスピタリティの視点は確かにあります。会社がお題目を押しつけても、人の意識は変わらない。合理的な働き方を従業員が行うのならばそれを支えるように会社が動くのが、本来の働き方改革の流れではないでしょうか。会社が主体で職場環境を変えた、制度も変えたからそれで変わるというわけではない。会社が“変える”のではなく、従業員の意識の変化とともに、結果として“変わっていく”のが理想だと思います。

佐々木
最後に、今後のオフィスへの考え方に関連して現時点でのご意見をいただきたいと思っているのが、地球環境についての御社の向き合い方です。2020年の1月、御社では2030年までにカーボンネガティブを実現すると発表されました。そもそも、今回のオフィス整備のプロジェクトでも、サステナビリティを考慮して満たすべき細かな規定があり、我々はそれに準拠するよう求められていますよね。企業が、これからの自社のあり方を考えていく時に、ESGやSDGsの視点における取り組みは欠かせないもの。その点についても、御社は常に先を行っていると感じています。

2030年までに、直接的なCO2の排出はもちろん、サプライチェーンとバリューチェーンに関連する排出を含めてを半分以下に削減する計画。
Microsoft社HPより

山本
プレジデントのブラッド・スミスからいきなり発表されたカーボンネガティブの達成目標には、正直私も驚きました。本社のあるワシントン州レドモンドのキャンパスでは、自社で建物を所有していますから、建物からゴミを出さないゼロ・ウェイストはすでに達成しているのです。だからいずれ、ゼロ・ウェイストが同様にグローバルの各社にも求められるのではないかと思うのですが、そうなった時に、果たして我々日本マイクロソフトではどうすればいいのだろうとは思っています。日本ではビルにテナントとして入らざるを得ない。海外ならば、たとえば自然エネルギーを利用していたり、ゼロ・ウェイストを実践するテナントビルはあります。しかし日本ではそう簡単には見つかりません。従来型のビルと環境型のビルを比べたときに、設備等への投資でテナント料が上がるのだとしても後者を選ぶ、つまり環境保護という付加価値を選択するという企業は少なくないと思うのですが、現状の日本ではまるで選択肢がありません。

佐々木
我々日建グループは、ディベロッパー側、ビルのオーナー側の仕事だけではなく、ワークプレイスのようなテナント側の仕事も数多く手がけるようになってきています。それは、外資系企業を始めとして、働き方はもとより、社会環境の変化のサイクルが早まり、インフィル(構造躯体に対して内装や設備のこと)の改修でそれらに対応しているためだと思います。
日本では長く停滞していた働き方改革は、今回の新型コロナウイルスがひとつの引き金となって、ようやく本格的に進み始めるはずです。働き方やワークプレイスに関しても、今後、さまざまな試みが起きていくのだと思います。動き始めれば、各社とも必ずさまざまな課題に直面する。その時に御社の、トライアンドエラーを繰り返しながらも、従業員の積極性を取り入れて変化を続けてきた手法や、仕事そのものへの考え方、そして今後へのビジョンは、とても有用な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。今日は本当にありがとうございました。


御社ではすでに、自由に働けることが当たり前。会社と社員の信頼関係や、個々の自発性を生み出す会社の魅力的な発展が両立しているのだと改めて感じました。本日は刺激的なお話をありがとうございました。

 

STORY

日本マイクロソフト【前編】
フェアで自由な仕事の仕方とは。
日本は、今こそ真の働き方改革を進める時

 

プロフィール

山本 泉
日本マイクロソフト株式会社
リアルエステートアンドセキュリティ
リージョナルリード ジャパン

マイクロソフト日本法人のワークプレイス戦略責任者として、従業員約3000名、オフィス約35000㎡を統括。30年以上にわたって外資系企業でCorporate Real Estate(CRE)業務に従事する。
1991年から2010年までサン・マイクロシステムズ社(現オラクル)で日本・韓国のワークプレイスを統括したほか、医薬系のクインタイルズ社にて日本のオフィス戦略を統括。2011年、日本マイクロソフト入社後も日本を始めアジア各国のオフィス戦略に携わる。
社外活動として、CREの責任者が集う米国に本部のあるグローバル団体、コアネット・グローバルの活動に深く関与。2004年から6年間にわたって日本支部会長を務め、現在はラーニングオフィサーとしてCREマネジメントの普及に努める。日本最大のファシリティマネジメント推進団体、日本ファシリティマネジメント協会において、現在企画運営委員、CRE研究部会員を務める。

(対談風景Photo:吉田周平)

※掲載内容は2020年時点のものです。