ワークプレイスをどのように組み立てていくべきか
―Vitra ×コクヨ × ロフトワーク × NCM パネルディスカッション―

Vitra株式会社 代表取締役 片居木 亮氏 コクヨ株式会社 主幹研究員 一般社団法人FCAJ理事 齋藤 敦子氏 株式会社ロフトワーク Layout Unit ディレクター 松本 亮平氏 NCM ワークスタイルSL事業開発統括 チーフ・マネジャー 佐々木 康貴 NCM ワークプレイスタスクフォース統括 チーフ・マネジャー 榎本 拓幸

日本各地の多くの企業が働き方改革に着手し始めている現在。働き方の変化に伴って、ワークプレイスについても旧来の考えを一新する必要を感じている方は多いのではないでしょうか。
私たち日建設計コンストラクション・マネジメント(NCM)でも、オフィスやワークプレイスの改革にまつわるご相談は増えつつあります。NCMでは、時代に合ったワークプレイスについての知見を深めるとともに、自社のワークプレイスについて更新していくことも見据えて社内研修や勉強会を実施しています。この一環として開催した、ワークプレイスについての見識をお持ちの3者とNCMのメンバーで行ったオンライントークディスカッションの一部を抜粋してご紹介します。
理想的なワークプレイスの考え方、空間の組み上げ方…。さまざまな企業のワークプレイス改革に有用な示唆が見つかるはずです。

経営ビジョンに紐づいた空間づくりができているか

榎本拓幸(以下榎本)
本日は、それぞれのお仕事を通じて働き方改革やワークプレイスの改変に関わることの多いお三方をお招きいたしました。松本さんの所属するロフトワーク社には、私たちNCMのワークプレイス改善のコンサルティングをお願いしています。ですから当然、NCMの経営計画や企業文化、実際の働き方やワークプレイスもよくご存知です。そしてコクヨの齋藤さんは、クリエイティブな働き方と働く場についての研究とコンサルティングを手がけておられる方。片居木さん率いるスイスの家具メーカー ヴィトラの日本法人には、私たちが手がけるさまざまなプロジェクトで、オフィス家具を供給いただいています。今日はさらに弊社から、NCMのワークスタイルソリューション事業を統括している佐々木が参加させていただきます。
まずは私たちの会社の現状をよくご存知である松本さんから、NCMの働き方やワークプレイスについての忌憚のない印象をお聞かせいただけますか。

松本亮平(以下松本)
スタッフ同士が意外と互いを知らない印象があります。もちろん、お互いが何のプロフェッショナルであるか、どんなスキルを持っているかはわかっているのでしょうが、それぞれの人がどんなライフスタイルを実践しているか、どんなワークスタイルを大切にしているのかなど、パーソナルなキャラクターまでは理解していない感じがします。その部分をもう少し互いに理解すると、働く姿がよりいきいきとするのかもしれません。

片居木亮(以下片居木)
私たちヴィトラはグローバル企業。オフィスが何十カ国にも渡るため、企業としてのミッション、ビジョン、戦略を明確に定めています。さらにそれに紐づく形で従業員一人ひとりの目標も全て明文化されていて、自分の業務がビジョンのどこに関連するのかを誰もが理解しています。ワークプレイスも同様で、企業ビジョンや戦略に紐づいた空間づくりを行っています。
御社では、「自らを変革し、今を変えていく」という大きなビジョンを掲げられています。ただ、ワークプレイスがそこに紐づいているのか、スタッフが皆共通のイメージを持って働けているかという意味では、ややギャップがあるのではないかと感じます。

ヴィトラが2018年にアップデートした「シチズン オフィス」。
さまざまなコラボレーションやプロジェクトによって可変性の高いアジャイルな環境。

ヴィトラが2018年にアップデートした「シチズン オフィス」。
さまざまなコラボレーションやプロジェクトによって可変性の高いアジャイルな環境。

ヴィトラが2018年にアップデートした「シチズン オフィス」。
さまざまなコラボレーションやプロジェクトによって可変性の高いアジャイルな環境。

齋藤敦子(以下齋藤)
建築のプロフェッショナル集団として、当然のことながらスタッフの皆さんの専門性が高い。だから、つい「ワークプレイスはこうつくるもの」という知識が先行し、思い切ってソフトから変えるという発想が足りないかもしれませんね。
新たな価値を創造するには、多様な個性を活かしながら変化を取り込むことが有効です。女性やZ世代、外国人、カルチャーの異なる外部パートナーが混ざり合い、個々の価値観の違いを乗り越えて組織が目指すビジョンを実現するにはどうすればいいか、クリエイティブに考えていくことが重要です。そして、「自分たちはこうありたい」という共通の思いを現場から共創していかないと、変化の激しい社会において新しい価値を創造するのは難しいのではないでしょうか。

榎本
これからの時代、”パーマネントβ(永遠のベータ版:完璧なものを求めず、常に使い続けながら改良していくやり方)”が必要なのは理解しているのですが、プロフェッショナルなゆえにパーマネントβに踏み込む前に確固たる検証を必要としてしまうのかもしれません。もっと軽やかに、はじめの一歩を踏み出せるような企業文化が醸成できればいいなと思いますね。

佐々木康貴(以下佐々木)
私が以前いた外資系企業では、オフィスにビリヤード台があったり、一人当たりの執務スペースが広かったりとオフィスが“豊か”でした。NCMに入社した当初は、前職とのギャップを感じながらも、これから改変していくのだろうと思っていたのですが、その後10年間、あまり変わっていません(笑)。ただ当社は、中期経営計画のキーワードとして “変革”を掲げているほどに、自らのあり方を変革しながら社会にアプローチしていこうという思いは強い。私たちが向き合う建築の世界はリスクを取りにくい側面があるものの、ワークプレイスにおいてはある程度リスクを取らないと世の中の変化のスピードに追いつけません。仕事の上ではエンジニアリングのプロとして完璧を求めるのとは別軸で、戦略的にリスクを取るというカルチャーを醸成することが今の課題の一つであると認識しています。

コロナ禍はオフィスをどのように変えるか/変えないか

榎本
2020年は新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、ワークプレイスへの意識が大きく変化しました。皆さんの会社ではハード、ソフトの両面でどのような変化がありましたか。

松本
オンラインイベントに力を入れるようになりましたね。
我々は以前からイベントやセミナーを実績につなげてきましたが、オンラインではその効果が薄れるのではないか? との声が社内で多かったんです。ところが実際にやってみたらメリットの方が大きかった。リアルではせいぜい100人、200人を相手にするのが限界ですが、オンラインだと海外からも反応が得られ、企業価値や活動をより多くの方々に知っていただけた。オンラインツールの実験的な活用も促進されて、社内で意見交換する機会も増えましたね。

齋藤
私たちはかなり以前からデジタル化を進めており、場所と時間をワーカーが選択できるようになっています。その為、今回のコロナ禍によるリモートワークへの本格移行に関しては、特に混乱はありませんでした。
オフィスでのミーティングも最小限の個室を除いて、仕切りの少ないオープンスペースで実施していたので、今回はそれが功を奏しました。オフィス内のソーシャルディスタンスは、オペレーションを少し変えるだけですぐに実現できたんです。具体的には、誰がどこで働いていたかのログを残して安全性を担保する一方、働く人の生産性や創造性を全面的にサポートしました。
この経験から、オフィスをつくる際には、その後の変化をどれだけ見越して柔軟性を担保できるかが重要だと気づきました。同時に、コロナ禍によって在宅勤務の割合が増えると、今までリアルなオフィスでできていたちょっとした意見交換や相談事がしにくくなりました。在宅勤務によって組織全体の生産性が下がったとする会社も少なくありません。今は、「リアルなオフィスでは何をすべきなのか」はかなり明確になったと感じています。

コクヨが提案した「ラクスル株式会社」のラウンジ。
様々な人が集い、気ままに過ごすカジュアルな場所。チームのコミュニケーションを促すと共に、ブレイクアウトのエリアとして気分を変えて個人ワークにも利用できる。

コクヨが提案した「ポート株式会社」のチームスペース。
集まってアイデアを出し合い、資料をまとめるプロジェクトやチームの共同作業スペース。空間の開き具合を操作することでプロジェクトワークから短時間でのブレストスペースなどに利用する。

「コクヨ品川SSTライブオフィス」。
多様な人材や多様な働き方を支える場所。各種社内サービスをはじめ、様々なバックグラウンドを理解しより豊かな体験を社員へ提供することでパフォーマンスを最大化する。

片居木
我々もすでに数年前にデジタル化対応と組織のフラット化は終えており、コロナ禍で特段困ったことはありませんでした。私たちの本社はスイス。第2の拠点となる、工場とオフィスのあるヴィトラキャンパスは、ドイツとの国境近くの田舎街ですから、そもそもデジタル化していないと働けない。現在は、このデジタル投資をさらに活かせる方法を皆で考えているところです。
また弊社ではオフィスの構成は基本的にグローバルで統一されているため、ハード面で大きな変更はしていません。ただ、国ごとのガイドラインに則り、ヨーロッパやアメリカのオフィスを中心にスクリーンの設置はかなり真剣に行ったようです。日本でも、机を離して距離をあけたり、スクリーンを追加して仕切りを設けたりしています。

佐々木
ヴィトラ社ではグローバル基準に則る部分、ローカルでオリジナリティを出す部分の境界をどのように判断しているのですか?

片居木
オフィスデザインの図面を引く人は決まっていて、社内のインフラデザインチームがグローバル拠点すべてを担当しています。そうやって全体コンセプトは統一しつつ、国ごとに希望要件を集めて追加しますね。例えば、中国ではスクリーンが好まれる、日本は空間が広くとれないので工夫が必要などといったことを考慮し、最大限使いやすいスペースにするという方針でつくられています。

ボトムアップでつくりあげていく、これからのワークプレイス

榎本
話が少し変わりますが、僕は新入社員時代、当時まだあった喫煙室がとても羨ましかったんです。喫煙室に通ううちに新人が偉い人と話すようになったり、社内に人脈ができたりする。僕の中での「理想のオフィス」は、ああいった昔の喫煙室みたいなイメージ。「オフィスに行けば、目上の人間とも気軽に話せたり、情報交換できたり、リフレッシュできる」と思えるような場所なんです。

齋藤
よく分かります。でも時代は変わり、現在では喫煙者も減っていますし、あることでWELL認証取得の障害になる。ポスト喫煙室が必要ですよね。榎本さんがおっしゃる、さまざまな人が立ち寄ることで思わぬコネクションができていくいい部分だけを取り入れ、たとえばオフィスで一緒に映画やスポーツを観る、クラフトビールイベントを開催するなど、ウェルビーイングを追求できるといいですね。

佐々木
そういう少しのしかけが、ストレスなく働ける環境につながりますよね。話は少し変わりますが、あるクライアントから、「オフィスのクオリティが少しでも他社に劣ると人材採用に響くからどうしても予算を削れない」と聞きました。

齋藤
最近、素敵なオフィスがメディアに取り上げられることもあって、新卒採用で内定を出しても、実際のオフィスに行ってみて「ここで働きたくない」と入社を辞退するというケースもあるそうです。逆に「ここで働きたいので入社したい」という声が増えている企業もありますね。

榎本
私たちの後楽園オフィスも、メディアに自信を持って出せる、あるいは若い世代にもアピールできるようなワークプレイスがあるかと聞かれると、まだまだ改善すべき点が多数あります。齋藤さんがおっしゃるように、ワークプレイスが十分に魅力的でないことで、企業自体のイメージを損なうことがあるのはとても残念なことだと思うんです。企業がその個性を生かしながらオフィス空間をつくっていこうとするとき、どんな指針を持つべきだと思われますか?

松本
ワークプレイスの改革は、トップダウンで行わないことですね。実際に、現場を置き去りにしてつくった空間が使われなくなったというケースをいくつか見てきました。どういう空間がいいかを現場で声を出し合って、社員からのボトムアップでつくり上げていくと、皆の拠り所になる空間になっていくと思います。

片居木
私は大前提として、ワークプレイスにはホスピタリティが重要だと考えています。先ほど、私たちの本社はスイスの国境沿いにあると申しあげましたが、こんな遠い場所までわざわざ来ていただくだけのメリットを用意しようという意識があります。ホスピタリティを上げる努力は、これからのオフィスには大事なことだと思います。
また、我々は家具メーカーですが、デザイナーは自社で抱えず、外部と協働です。そのため、自前主義の感覚がほとんどなく、会社としていかに集合知を蓄積するかを考え続けています。これから、変化のスピードはさらに速まっていく。協業へのスタンスや協業するための環境を変えていかないと変化についていけなくなる恐れがあります。我々の外部向けの協業スペースなどはひとつの参考になるかもしれません。

松本
ワークプレイスにはトレンドもあるし、最近では事例についても多くの情報を得ることができる。でも結局大切なのは「自分たちはどうしたいのか」なんですよね。それがはっきりとしていなければ、どうリブランディングしたってやりたいことは体現できません。オフィスの広さがこれだけだから、物件の特性がこうだから、世の中の時流がこうだから……ではなく、どういうオフィスをつくりたいのかを一人ひとりが自問自答し、それを発信する場を持っていただきたいです。

ロフトワーク社が提案した「渋谷スクランブルスクエア SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)」。
『渋谷から世界に問いかける、可能性の交差点』をコンセプトに、渋谷ならではの多様なバックグラウンドや活動領域の人たちが混じり合うことで、“社会価値に繋がる種“を生み出すことを目指した共創施設。

ロフトワーク社が提案した「Panasonic Wonder LAB Osaka」。
パナソニックの本拠点西門真の構内にあり、「共に+創る」をコンセプトにプロトタイピングやワークショップスペースなどオープンイノベーションのための機能をあわせ持った空間。

ロフトワーク社が提案した「Suzuyo CODO」。
ランダムに積み重ねた段差は、人が歩くと床や階段、パソコンを開くと机、座ればベンチ、アイデア次第で様々な使い方が可能。大空間に散りばめた様々な居場所を高低差がゆるやかに繋ぐことで、集中力やそのときの気分に合わせて自由に居場所を選ぶことができる。

齋藤
そこに働く人が目指すビジョンをはっきりと描き、それに沿ったワークプレイスをつくることが重要だと私も思います。自分たちがどう働きたいか、みんなで対話しながらイメージを膨らませていくプロセスが大事ですよね。どんなオフィスなら創造的に働けるのか、コロナ禍の経験も活かして、ぜひ自社やご自身の未来を見据えて、それぞれの企業らしいオフィスを創っていけるといいなと思います。

榎本
我々NCMも、会社の在り方、ビジョンから、順を追って考えていく必要があると感じます。「こういうご時世だから」とノリでつくっても失敗する。本来は、我々はどうやって世の中に貢献していきたいのかからディスカッションすべきなのかもしれませんね。

佐々木
性別や年齢、人種などさまざまな方向からのインプットも重要だと思っています。外部の方と一緒に考えることも非常に大事だと改めて感じました。オフィスの在り方を考えるとき、どうしても自社の社員で境界をくくりがちですが、それをいったん忘れてみることも必要なのかもしれません。

榎本
今日はさまざまな角度から実に多くの示唆をいただいたと思います。皆さま、貴重なご意見をありがとうございました。

佐々木
当社でも、さまざまなクライアントから働き方、ワークスタイル改革についての相談を受けます。その時にいつも感じるのは、今の時代にワークプレイスを考える際に、建築の業界だけでは完結しえないということ。各社がもつ個性を検討し、進みたい方向をクリアにした上で、さまざまな分野を横断して解決する必要がある。本日、皆さんから、建築を超えた見地からご意見をいただけたことは、多くの企業にとって有用だと思います。ありがとうございました。

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